REPORT

2017.10.11

“SEA DAY 03” 開催レポート
[Day2-03] データによる可視化からアプローチする「集中」と「健康経営」~ウェアラブルと「はたらく」~

オープンイノベーション、コワーキングなどの文脈で言う「発散」も、度を越せば仕事の妨げにしかならない。「こんな時代だからこそ集中が大切なのではないか」。JINS MEMEによる働き方の検証結果を通して、「集中」とは何か、働き方改革のあるべき姿とは何かを考えました。

■ゲスト

井上 一鷹(株式会社ジンズ JINS MEMEグループ マネージャー)

■モデレーター

山本 大介(株式会社岡村製作所 WORK MILLプロジェクトメンバー)

Day2・3つ目のセッションのゲスト、井上 一鷹さんはいまの時代が情報、コミュニケーション過多であるというお話を切り出しました。オープンイノベーション、コワーキング、コクリエーションの文脈で言う「発散」も、度を越せば仕事の妨げにしかなりません。井上さんが手がける「JINS MEME(ジンズ・ミーム)」は、「発散」の対極にある「集中」をもう一度捉え返し、強くアプローチするためのツールです。「こんな時代だからこそ集中が大切」と井上さん。働き方改革で利用されるIoTツール中でも異色のJINS MEMEを通して、「集中」とは何か、働き方改革のあるべき姿とは何かを考えます。

【井上さんTalk】世界初、自分を見るアイウェア・JINS MEME

株式会社ジンズ JINS MEMEグループ マネージャーの井上 一鷹さん

JINS MEMEは脳の万歩計

井上さんはメガネ製造販売企業であるJINSで、集中度を計測するデバイス「JINS MEME」の開発を担当しています。JINS MEMEはメガネ型で、ブリッジ部に三点式眼電位センサーを、ツルの先端に加速度・角速度センサーを装着し、黒目の動き、瞬き、頭の動き、姿勢などを計測します。得られるデータからは、例えば運動中の姿勢変化から、適切なトレーニング方法を導くことができたり、眠気が増している状況を把握したりできるとうたっています。

JINS MEMEが働き方改革シーンで寄与するのは「集中度」の可視化と記録です。深く集中すると、眼球の動きや瞬きの回数は減り、頭もあまり動かなくなるという傾向があることから、集中の度合い、集中の継続・蓄積時間が分かります。「JINS MEMEは脳の万歩計のようなものです」と井上さんは説明します。実際に計測してみると、一人ひとり、集中できる時間帯、場所、環境が大きく異なっているため「同じ場所で同じ時間働いていることはかえって1日に4時間しか集中できないという人間のリソースを無駄にしていることにならないかと気づいた」と井上さんは話しています。

働き方改革には「集中」が重要だ

井上さんをはじめとするMEMEグループは、JINS MEMEの機能を活用し、働き方改革への新たなアプローチを行っています。現在さまざまなところで叫ばれる働き方改革が、残業を減らすという時間管理しかできていないことに井上さんは疑問を提示します。「生産性を測らずに残業だけ減らそうというのは、体重計に乗ったことのない人がダイエットしようとしているようなものではないか」と井上さんは話し、時間という観点だけでなく質、すなわち集中というリソースの分配、その利用方法の必要性を主張。

例えば曜日別で集中を測ると、金曜日、月曜日等休日の前後では集中度が低く、水曜日の集中時間は長い傾向であることが分かっています。政府が進めるノー残業デーが水曜日なのはおかしい、と井上さんは指摘します。

「労働人口が減っている中で、働き方改革では残業をやめろと『休み方』しか示していないのはおかしい。それぞれの社員が、集中できる時間と場所で仕事できる環境を整えることが、生産性を上げることに繋がるのではないか」(井上さん)

集中度を計測するウェアラブルデバイス「JINS MEME」

1年で61時間の集中時間アップ

JINS MEMEを働き方改革に役立てるため、協力企業との実証実験も進んでおり、この日はビズリーチ、マイクロソフト、アクセンチュアの例を紹介しました。

ビズリーチでは26人のエンジニアに就業時間中に装着してもらい、最初の1週間は計測、次の1週間は各人の集中できる時間帯にタイムシフトしたところ、1日15分の集中時間の上昇が見られました。これは年間で61時間に相当します。マイクロソフトではテレワーク環境での集中度を調査し、育児・介護等の理由で在宅勤務する社員が、30%の集中度上昇を得ていることが分かりました。アクセンチュアでは環境因子との相関性を調査。二酸化炭素、温度・湿度等の環境と集中度の相関を調べ、狭い閉鎖空間での会議だと30分で二酸化炭素濃度が上がり集中できなくなることや、クールビズが指定する温度が、必ずしも集中できる環境を生んでいないことが明らかになったとしています。

井上さんは、こうしたデータを元に各社人事でBRP(ビジネスプロセス・リエンジニアリング)を行うべきだと提案しています。

「人件費の6.5%にあたる8.5兆円が残業代に充てられているが、集中もせずダラダラ働いている労働に残業代を出すのは働き方改革的に考えてもおかしいだろう。それよりもシャキッと集中して短時間で働く人に対価を払うべきではないのか」(井上さん)

JINSでは、集中し短時間で効率的に働く人に対し、なんらかのインセンティブをつける方法を考えていますが、金銭による還元は制度上難しいため、飲食店などで使えるポイント制でインセンティブをつける方法を検討しているそうです。

12月1日にオープンした会員制ワークスペース「Think Lab」

Think Labと集中の未来

そして、いま取り組んでいるのが、「世界で一番集中できるオフィス=Think Lab」を作るプロジェクトです。

この20年、企業はイノベーションのためにコミュニケーションを活性化することに努めてきました。しかし、井上さんは近年アメリカ西海岸でマインドフルネスのブームが起きていることなどを例に挙げて、「コミュニケーションに振れすぎた反動が起きているのでは」と分析。

「イノベーションを起こすには、既存の知と知を掛け合わせるためにコミュニケーションの質を上げる必要はあるが、同時にもうひとつ、『知の深化』が必要。それこそが『集中』するということだと思う。いま、その集中に注目が集まっている」(井上さん)

Think Labは、集中できる環境を再現するとともに、ビジネス、イノベーションにおける集中の重要性を明らかにする実証オフィスとしての役割を持つことにもなります。

Think Labでは、入り口から着座するまでの動線すべてが集中へのプロセスとなるそうです。井上さんによると人間が集中に至る道筋は1本道であることが分かっており、Think Labではそれを再現。そのヒントは寺社建築に見られる「ストレスとリラックス」にあったとも話しています。監修協力にはヘルスケアコンサルのドクターの石川善樹さん。設計は建築家の藤本壮介さん。中で供される食事では森永がタイアップするほか、多くの企業が参画しており、さまざまなメンバーによる共創の体制で進められています。

最後に、井上さんは「集中するには一般的に23分の時間が必要」「メソッドも25タイプある」といった、これまでの計測から得られた分析結果を紹介し、これらの知見を活用したビジネスソリューションを開発したいといった展望を語り、締めくくりました。

【山本Talk】Workstyle × Wearable Device 実感と、見えてきたこと

人生は有限である

続くインプットトークは、JINS MEMEなどウェアラブルデバイスを使ったオカムラの実証実験についての山本からの報告です。

オカムラは、「オフィスにおける生産性向上」「集中を創出するワークプレイス探索」などのテーマのもと、JINS MEME、アップルウォッチを使い、働いている間の集中度や姿勢、運動量を計測し、なんらかの公式を見出そうと半年ほどかけて社内でトライアルを重ねてきました。

山本は、この実証実験に取り組むことになった個人的なきっかけは、「価値観が変わったこと」だと話しています。ある時体調をひどく崩したことから、「人間に与えられた時間は有限のものであり、実現したいことに費やせる時間も限られている」と痛感したことが契機となりました。

「これは私的な原体験ではあるが、誰にでも起こりうるもの。時間を最大限有効に活用するという意味においての『生産性』、そして、それを支えるための『心身の健康』をいかに実現するかがもっとも大きな命題になった」(山本)

その方法を模索する中でJINS MEMEに出会い、プロジェクトがスタート。企業としては先述のような目的ですが、「原体験を経て得た価値観への気づきを『はたらく』にどう取り入れるか」「ウェアラブルデバイスという手段を用いて可視化したデータを、どう生かすか」の2つが個人的なテーマであるとも話しています。

個人の内発的動機の大切さ

プロジェクトでは、「生産性」をJINS MEMEの集中度で計測すること、「活動量」との相関性を見ることに主眼が置かれ、場所、姿勢、職種、年齢、運動量などを計測してきましたが、半年の計測で得られたデータから、なんらかの相関性や公式を見出すことはできませんでした。

「可視化することはできたが、これだ!という結論を得ることはできなかった。分かったことは働き方や集中の度合い、活動量の相関性は個人差が大きく、多様性に富んでいるということだった」(山本)

しかし、同時に大きな気づきも得られたとも述べています。それは「可視化することで、自律と内省のきっかけになったのではないか」ということです。

「いつ、どのような形で集中できるのかを可視化することで、これまで勘と経験で調整していたことが、意図的に確実に調整できるようになる。『管理』というと嫌がられるが、これは『セルフマネジメント』の新しい形になり、行動変容を促すきっかけにもなるだろう」(山本)

今後も継続して実証を行い、蓄積したデータや分析レポートは改めて公表していく予定です。また、ウェアラブルデバイスを使ったソリューション開発や、ビジネスソリューションのモデル構築などにも取り組んでいく計画も明らかにされました。

そして最後に、ドラッカーの「生産性とは機械や道具や手法の問題ではなく、姿勢の問題である。換言するならば、生産性を決定するものは、働く人たちの動機である」という言葉を引用し、働き方改革には必要なものは個々人が持つ「動機」ではないかと参加者に投げかけます。

「生産性を高めるものは個人の動機しかない。また、『イノベーション』『持続可能性』の実現には、個人の内発的動機が合致していなければならないのではないか。だからこそ、自分が本当にやりたいことは何なのかを、もう一度考えてみる必要があるのではないか」(山本)

企業の狙いと個人の動機が軌を同じくするとき、その活動はより力強いものになるに違いありません。こうして山本のトークは個人の思いから始まり、個人の思いで締めくくられました。

【Discussion】集中、その向こうにあるもの

集中って何だろう?

山本:今日のクロストークは3つのテーマでお話を伺いたいと思います。まず一つ目はそもそも集中度とは何か、という疑問です。

井上:一般には「注意点への没頭」と定義されていますが、私はより広義に捉えたいと思っています。一番しっくりきた定義が「内的時間と客観的時間の質的な差異」というものでした。そしてそれをさらに広くしたのが、ハンガリーの心理学者ミハイ・チクセントミハイが定義した「3つ目の幸せ」という考え方です。幸せとは、「快楽」、何らかの「意義」を見出すことと言われてきましたが、際立った集中の中で人は幸せを感じるというのです。集中して仕事をやりきると、ものすごい「やったった感」があるじゃないですか。最近は11分に1回、話しかけられたりメールが来たりするようなコミュニケーション過多の時代で、中途半端にしか集中できず不完全燃焼のまま仕事していることが多いでしょう。下手をすると1度も集中できないまま1日を終えることもある。それでは人は幸せにはなれません。企業はもっと集中を担保したほうがいいでしょう。いま我々が取り組んでいるのも、生産性を上げるとかそういうことではなく、集中を通して幸せを実現することだと思っています。

山本:なるほど。では2つ目のテーマは「やりたいこと」=「仕事」とは限らないとき、我々はライフタイムバリューをどう上げたら良いのかということです。

井上:先日高野山に行きました。日本で最初に「集中」で悩んだのが空海さんだったので(笑)。そこでご住職に「集中とは何でしょうか」とお聞きしたら「如実知自身」と仰る。つまり自分が何をやりたいのか語れる人間であれということです。これがなければ集中もできないというのですね。それは仕事でなくてもいいのです。育児でもいいし、趣味でもいい。何をしたいのか語れると集中もできるようになるということです。

山本:僕はやりたいことがいっぱいあるのですが、そういうのはどうなのでしょうか。

井上:とても良いことで、私なんて無趣味だからうらやましい(笑)。私は「ワークライフバランス」という言い方は止めたほうがいいと思っています。ワークとライフを切り分けるのではなく、趣味など「ライフ」の部分から仕事に役立つフィードバックを得ることもできるし、逆もまた然りです。例えば出産と育児を1年経験して仕事に戻ってきた人は、仕事の仕方もぐっと変わるでしょう。経営学では「インナーダイバーシティ」という言い方をしますが、個人の中にいろいろな要素があることが、これからの働き方では重要になるのではないでしょうか。

例えば、ある研究では、歌手・作詞・作曲・俳優など複数の経験を持っている人ほど、オリコンチャートで上位に入り、ミリオンヒットを出す傾向があることが分かったそうです。インナーダイバーシティが強い力となる好例です。

山本:なるほど、プロレスでは体力に勝る若手が活躍しますが、総合格闘技ではいろいろな格闘技を経験してきた30~40代のベテランがトップを獲るのに似ていますね。ビジネスマンも同様かもしれません。

テクノロジーと働き方

山本:最後に、今後テクノロジーの進化によって働き方はどう変わるのか、お考えをお聞かせいただけますか。

井上:多分、これまで生産性を上げるために効率化させてきたような仕事のほとんどを、AIが「おいしくいただく」ことになるでしょうね。となると人間の仕事の価値は別のところに見出さなければなりません。例えばGoogleでは、一流のエンジニアは普通のエンジニアの300倍の価値があると考えられているそうです。できる一流のエンジニアは1.5分で1日分の仕事をしてしまう。働き方改革でも、効率を1.2倍にするとかそんなレベルじゃなくて、300倍とか1万倍とか一瞬でも大きなスペックを出す方向にしたほうがいい。そのために必要なのが集中するということではないでしょうか。そもそも我々はホワイトカラーワークのプロですが、にも関わらず、イチローや陸上のアスリートのように、集中度を上げるためにストイックに取り組むことはしないのはおかしいでしょう。技術が進歩するいまだからこそ、自分の価値を高めるために何ができるのかを考えたほうがいいと思います。

 

― この後、会場の参加者からの質問も受け付けるパートへ移ります。「集中」というテーマには興味を抱く参加者が多く、活発な質疑応答となりました。

質問者A大企業になるほど仕事が細分化し、自分の仕事に意義・意味を見いだせないようになる傾向が強いと思う。集中するためにも、仕事には意味があったほうが良いと思うがどうでしょうか。

井上:ひとつ言えるのは、仕事の質や意義と集中はあまり関係がないということです。どんな仕事であっても集中はできると思います。

質問者B集中を阻害する要因は何だとお考えでしょうか。それぞれの個人的なものを教えてください。

井上:私は絶対に「同僚」です。オフィスで「ちょっといいですか」と話しかけられたら断れないじゃないですか。その最たるものが「ちょっとブレストしませんか?」というので、あれは最悪ですね(笑)。オフィスにいる人の脳をグリッドとして考えたら、そのグリッドをどう活用するのか、もっと考えたほうがいいと思います。

山本:僕は空腹かな。カタボリック(栄養欠如による筋肉の分解)も避けなければいけないので。

質問者CThink Labの協力企業はどのような役割を担うのでしょうか。

井上:森永製菓からは、ラムネのご提供をいただいています。ラムネは91.6%がブドウ糖で、脳の栄養としても最適ですから。それ以外では低GIの食品をどう食べると良いか、いつどんな飲み物をどう飲めば良いかといったことも提供する予定です。

 

― 働き方改革であまり顧みられることのなかった「集中」の議論に、参加者たちも熱心に加わり、最後まで充実したセッションとなりました。

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