REPORT
2017.10.11
“SEA DAY 03” 開催レポート
[Day2-02] 働く人の健康にフォーカスしたオフィスづくり
働く人の健康にフォーカスした建物の認証制度「WELL BUILDING STANDARD(WBS、通称WELL認証)」を軸に考える、健康的なオフィスを巡る世界の潮流とは?モデレーターを含む4人の議論からオフィスを巡る世界の最先端の動向が見えてきました。
2017.10.11
働く人の健康にフォーカスした建物の認証制度「WELL BUILDING STANDARD(WBS、通称WELL認証)」を軸に考える、健康的なオフィスを巡る世界の潮流とは?モデレーターを含む4人の議論からオフィスを巡る世界の最先端の動向が見えてきました。
■ゲスト
奥 錬太郎(シービーアールイー株式会社 アドバイザリー&トランザクションサービス ワークプレイスストラテジー アソシエイト ディレクター)
杉尾 涼子(インターフェイス ジャパン ビジネス マネージャー)
■モデレーター
庵原 悠(株式会社岡村製作所 WORK MILLプロジェクトメンバー デザインストラテジスト)
奥出 雄一(株式会社岡村製作所 WORK MILLプロジェクトメンバー)
Day2セカンドセッションは、働く人の健康にフォーカスした建物の認証制度「WELL BUILDING STANDARD(WBS、通称WELL認証)」を軸に、健康的なオフィスを巡る世界の潮流を概観します。WELL認証は、健康的なオフィスビルの評価ツールであり、指標として現在はアメリカ、オーストラリアで積極的に導入が進み、日本では普及が始まったばかりです。また、「バイオフィリックデザイン」と呼ばれる自然を活かしたデザインアイテムをオフィスで使うことも増えるといった動きも現れています。
ゲストは、バイオフィリックデザインのタイルカーペットを扱う一方で、バイオフィリアに関する貴重なレポートを所有する、インターフェイスジャパンの杉尾涼子さんと、WELL認証の設立に協力したシービーアールイーの奥錬太郎さんのお二人。モデレーターを含む4人の議論からオフィスを巡る世界の最先端の動向が見えてきました。
「目を閉じて、心が落ち着く場所をイメージしてください。きっと自然のあるところを思い浮かべるはずです」――杉尾さんはそうバイオフィリア、バイオフィリックデザインの説明を始めました。バイオフィリアとは、人間が持つ自然を希求する本能のことで、「長い時間をかけて、人間は自然との深いつながりを培ってきた」と杉尾さんは語ります。バイオフィリックデザインとは、その本能をデザインの力で満たすこと、またはそのデザインを指しています。
インターフェイス社は、自然をモチーフにしたバイオフィリックデザインのタイルカーペットを手がけ、グローバルに販売していますが、いま、世界中でバイオフィリックデザインが求められているのは、それだけ人間が自然から離れてしまったためであると杉尾さんは解説しています。
「2008年に、世界の都市人口が農村部の人口を初めて上回ったと国連が報告したように、人間の生活は都市化し、自然のない中で生きる人が増えてきた。そのため世界中の都市で自然回帰の現象が起きるようになった」(杉尾さん)
ミラノの「ボスコバーティカルビル」、シンガポールの「ソラリスビル」など、緑の木々を多量に取り入れたビルが徐々に世界中で見られるようになっており、日本では「アクロス福岡」が、3万5000本の木を植えた緑のビルとして知られています。バイオフィリックデザインも、その大きなトレンドの中、世界中で求められるようになりました。
杉尾さんは、バイオフィリックデザインには6つの要素があるとしています。
(1)自然光と空気の循環
(2)水へのアクセス
(3)頻繁な自然とのふれあい
(4)自然とつながっている感覚
(5)自然の形・フォルム
(6)避難する場所と見通し
このひとつひとつに人間の本能に根ざした理由があり、導入するポイントがあります。例えば(1)では、採光の良さがポイントになり、光と影の強さはストレス解消の効果があると言われています。また、(2)の水を間近に感じていたいと思う気持ちはもっとも自然な本能のひとつで、それは水槽などの象徴的なアイテムでも代替が可能だと述べます。
(4)の「つながっている感覚」とは、日本の「見立て」の文化に近いかもしれません。芝を模したカーペットや、石のようなデザインのソファなどで可能になります。また、屋外の景色を借景として利用するというやり方もあるそうです。(5)では、飛ぶ鳥の姿をモチーフにしたシカゴのミルウォーキー・アート・ミュージアムを説明しました。
(6)の「避難する場所」「見通し」という考えは、「人間の狩猟時代からの本能」だと杉尾さんは語ります。
「洞窟で暮らしていたころから、人間には囲まれた空間を安全と感じる潜在的な本能がある。同時に、危険があったときにすぐ反応できるように、広く見通せる視野も必要とする習性がある」(杉尾さん)
バイオリフィリックデザインは、自然を利用することで、このようにさまざまな角度から人間の心と体の健康を実現するものなのです。
いま世界中でバイオフィリックデザインが求められているのは、都市化の進行とともに「働く人のストレスの増加」「優秀な人材の獲得競争の激化」「職場の環境づくりに苦慮」という3つの世界的な傾向が見られているためだと杉尾さんは言います。これは、良い職場環境を作り、ワーカーに就業を希望してもらえるようにすることが喫緊の課題になっているということで、日本の働き方改革にも共通する課題です。
バイオフィリックデザインの導入はこうした課題の解決に役立つもので、具体的な効果として「離職率の低下」「体調不良による欠勤率の低下」「プレゼンティーズムの減少」を挙げています。プレゼンティーズムとは、「出勤はしているものの、なんらかの体調不良のために生産性が下がっている状態」を指し、例えば花粉症や女性のPMS(月経前症候群)などが知られています。
「働く人がリフレッシュできれば、体調は上がって離職率も低下する。それが企業力アップにもつながり、売上げアップにもつながるという、良い循環が生まれることが期待できる。それがバイオフィリックデザインの効能だと言えるだろう」(杉尾さん)
こうしたバイオフィリックの効能を調査しレポートしたものがインターフェイス社の『Human Spaces』です。世界16カ国7600人を対象に実施された調査で浮かび上がってきたのは、「当たり前かもしれないが、非常に重要なこと」(杉尾さん)で、「デザインが重要であること」「自然は人間を癒やし、ストレスを解消する」「模倣でも同じ効果がある」といったことが、明確なエビデンスとともに報告されています。
そして最後に、杉尾さんは、インターフェイス社がバイオフィリックデザインに力を入れている理由を、次のように述べてトークを締めくくりました。
「タイルカーペットが世界を変えたりすることはないが、世界を変える人たちを刺激し、インスピレーションを与えることはできる。これからも、そんなみなさんのために、もっと良いオフィス環境を創るお手伝いをしていきたい」(杉尾さん)
岡村製作所の奥出からは、この後の奥さんからWELL認証の詳細をお聞きする前に、岡村製作所で行った調査とWELL認証の概要について説明を行いました。
WELL認証とは、「人間の健康、安全、快適性」の視点を取り入れた建築物の評価システムです。これまで「LEED」認証や日本の「CASBEE」のように建物の性能だけを問うのではなく、ハードとソフトの両面、その運用までも含む網羅的な体系になっているのが特徴です。2014年10月にバージョン1がアメリカで公開され、運用がスタートしました。
現在は「全体ビルでの認証(新築/既存建物版)」「インテリア部分での認証(新築/既存インテリア版)」「テナントビルのコア部認証(コア&シェル版)」の3つのタイプが運用されており、集合住宅や、教育機関、店舗等の用途別のパイロット版が試行中。今後はスポーツ、フィットネス施設や、大規模公共空間、ヘルスケア施設などへの認証ファミリーを策定していく予定になっています。
認証要件は「空気」「水」「植物」「光」「フィットネス」「快適性」「こころ」の7カテゴリで、100項目215要件が設定されており、このうち、最低限の必須要件を満たすと「シルバー」、加点項目を40%以上取得で「ゴールド」、同80%以上取得で「プラチナ」というグレードが設定されています。
奥出は特徴的な要件として、VOC(揮発性有機化合物)や食べ物の糖類に関する項目があるなど「最先端の研究成果も設定に盛り込まれている」と指摘しています。
WELL認証取得には、まずプロジェクトを登録し、タイプの適合を判断した後に、取得の手続きへ進むことができるようになっています。現在は世界26カ国で450件が登録されており、28件が認証を受けています。日本は「まだまだこれから」(奥出)という状況で、登録が4件、認定はゼロ。しかし、2017年5月に、大林組の「大林組技術研究所本館」が初の認定を目指した申請手続きが終わったというニュースが流れました。
この後、奥出からは、WELL認証先進国のオーストラリアのレポートとして、「200GEORGE Building」の様子を発表。同ビルはゴールド認定を取得しており、すべてのルーバーに木材を使用したウッド調の外観は、「見るからに一線を画している」と奥出。シャワー、ロッカールーム、自転車置場の完備、砂岩など自然素材を使用するほか、アボリジニのアートを使っている点など、ソフト面での施策を主に解説。ビルで訪れたというフロアでは、サーカディアン照明やフルサービスのカフェ、3つのタイプから自由に選べるデスクなど、ワーカー向けのサービスの概要を紹介しました。
シービーアールイーは事業用不動産を扱う企業であり、ビジネスストラテジーなどのコンサルティングも手がけています。米国本社では、2012年からWELL認証の設立に協力しており、奥さんもその業務に携わってきました。この日はまずWELL認証成立の経緯から解説します。
奥さんによると、建物が人の健康に与える影響が建物の価値にとって無視できない要素になってきたことが直接的な背景になっています。「特にストレスや肉体的な健康に与える影響が、人材獲得、テナントの募集を大きく左右することが分かってきた」と奥さん。2012年ころからWELL認証のシステムの検討が始まり、同年の「クリントン・グローバル・イニシアチブ」で大々的にアナウンスされ、世界に広まりつつあります。
ポイントは「ウォールストリートで働くバリバリのビジネスマンが作ったこと」と奥さんは指摘します。提唱者は「Pinterest(ピンタレスト)」というSNSサービスの共同設立者としても知られるポール・シャッラ(DELOS社CEO)で、「WELL認証は社員の福利厚生の側面だけではない。社員のウェルビーイングを高めると、企業の利益が上がるとはっきり明言」(奥さん)しています。
先述の通り、WELL認証には7カテゴリ100項目215要件が設定されていますが、「その一つ一つに企業メリットとの相関性についてのエビデンスがあるのが特徴」と奥さんは言います。
例えば空気質では、温度湿度管理がシックビル症候群を4%減少、プレゼンティーズムが一人あたり1.6時間減少され、その経済効果は一人あたり年間79ドルに上ります。光については、窓のデザインと性能の改善で、健康実感値が40.21%向上し、生産性が2.01%向上。これは従業員1人あたり1583ドルのメリットにつながると試算されています。「こうして計算できるものはすべて計算し、積み上げることで企業のメリットをモデル化している」(奥さん)ことがWELL認証の特徴です。
また、シービーアールイーでは2013年のLA本社移転の際にWELL認証を取得しましたが、それにかかった費用は2年で回収できるモデルがあったと奥さんは説明します。認定取得にあたって従業員1人あたり3900ドルのイニシャルコストが掛かりましたが、1年で3000ドル、2年目は5000ドルのベネフィットが享受できる計算です。
「2年目以降、WELLへの理解がしっかりと浸透することで、より大きなベネフィットが生まれていると計算されている。ハーバードビジネスレビューなどに寄稿されているレポートなどを比較対照すると、3年で360%のROIは決して極端に大きな数字ではない」(奥さん)
ただ、これは個別の効果の積み上げに過ぎず、「統合的にWELL標準が適用された場合の影響や効果はまだ定量化できていない」としており、実証のためのラボが中国とアメリカに設立されていることも紹介しました。
奥出からの紹介にもあったように、現在オーストラリアがWELL認証最先端の地となっていますが、その理由を、奥さんは「オーストラリアの国民性と親和性が高いからでは」と見ています。
オーストラリアはもともとOECDの「良い暮らし指標(Better Life Index;BLI)」で2011~2015年までナンバー1だったという「幸福度世界一」の国家のひとつで、WELL認証が設定した心と体の健康にマッチした生活をすでに送っていたと奥さんは指摘。例えば高い健康指向を持っていて、就業前や昼休みにジョギングをしたりフィットネスジムへ行ったりするカルチャーがあったり、バーベキューやホームパーティなどが盛んなように、WELL認証で重視する心の健康に該当する高い社交性がある。こうしたことがWELL認証を無理なく受け入れる背景になっています。この点、日本はBLIがOECD中20位前後と低く、受け入れには時間がかかるとも話しています。
オーストラリアでWELL認証に取り組んでいる象徴的な事例は、マッコーリー社の新本社ビル「50 Martin Place」で、これは現在もっともプラチナ認証に近いビルと言われています。これは「一見、非効率なように見えるつくりだが、実は合理的になっている」と奥さんは解説。例えば、採光率を高めるために、もともとあった吹き抜けエリアを70%拡張し、その分オフィスのカーペットエリアは大きく減少。奥さんによるとオフィスの占める率は日本ではとても考えられない6~7割程度に過ぎないそうです。「そこまでしても利益が出ると判断している。日本の考え方はまったく逆」と奥さんは厳しく指摘しています。
また、最後に「ポイントはハード、ソフト両面の施策であること」と強調。その一例としてウェルネスへの気づきを促進するための書籍、資料の設置や、長期出張中に、家族や友人に会いに行くための交通費を会社が負担するなどの要件が定められていることなどを挙げて締めくくりました。
庵原:バイオフィリックデザイン、WELL認証ともにエビデンスをしっかりと出している点が素晴らしいとは思いますが、同時にエビデンスに頼らない感覚的な指標も大切だという意見もあります。その辺りついてはどうお考えですか。
杉尾:生産性が上がるのか、という質問はよく受けます。でも私も、そういうことよりは実感してもらうのが一番だと思っています。導入後に総務の方のお話を伺うと、自然をモチーフにしたエリアで自然に人が滞留して打ち合わせをするようになった、とても好評だと仰る。こういうことが大事なんじゃないかと思います。
奥:WELL認証は導入前の予想は可能ですが、逆に導入後に総合的にどう良い影響が出ているのかということは、分解して分析はできていないんですね。日本の場合、医学的なエビデンスが出てくると「日本人は欧米人と違うんじゃないか」という意見が必ず出てきて議論が止まる。経営者に腹落ちするのはなかなか難しいですね。
庵原:WELL認証やバイオフィリックデザインを進める際には、どこから始めたら良いでしょうか。具体的なアイデアをお聞きしたいんですが。
杉尾:私はやはり人を中心に考えることかと思います。WELL認証を導入してどんな成果を期待するか、利益なのか、クリエイティビティなのか、それは企業によってそれぞれ異なるでしょう。しかし、それが適用されるのはどんな場所でも、まず「人」のはずですよね。やはり人を第一に考えることが大切ではないでしょうか。
奥:私は2つあって、ひとつ目は杉尾さんと同様に「人」。良い人材を残すためにこれくらい安いもんだと思って始めたほうがいい。もうひとつは、1つのスペースに複合的な機能を持たせることから始めてみたらどうかということ。WELL認証の項目でもひとつで2つ以上の効果が設定されているものがあります。ABW(Activity-based working)でも、オフィスのフリーアドレス化が、マイクロマネジメントからの脱却につながって革新的なイノベーションを生みやすい環境になるという見解があります。
庵原:なかなか日本では導入が進まないWELL認証ですが、今後いただいたヒントをもとに広げられればと思います。今日はありがとうございました。
奥 錬太郎
シービーアールイー株式会社 アドバイザリー&トランザクションサービス ワークプレイスストラテジー アソシエイト ディレクター
DEGW(シドニー)、マッコーリーグループ(シドニー/香港)、ウッズ・バゴット(香港)を経て、2013年シービーアールイー(東京)入社。 ワークプレイスストラテジー担当アソシエイトディレクターとして、国内でのサービス提供、および新規市場開拓に従事。 宮城大学にて学士号(事業構想学部)、京都工芸繊維大学大学院にて修士号(工芸科学研究科デザイン経営工学専攻)を取得。
杉尾 涼子
インターフェイス ジャパン ビジネス マネージャー
バイオフィリア/バイオフィリックデザインのご紹介やタイルカーペットのご提案を通して、お客様のニーズにマッチする空間作りをお手伝いします。
庵原 悠
株式会社オカムラ WORK MILLプロジェクトメンバー デザインストラテジスト
既存のデザイン領域を越えて、デジタルメディアや先端技術がもたらす新しい協働のスタイルとその場づくりに従事。Future Work Studio “Sew”/Open Innovation Biotope “Sea” ディレクター。慶應義塾大学SFC研究所 所員(訪問)。
ワークプレイス
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ワークショップ
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